41 人間くさい

 

遠くの暗い空から鳥の声が聞こえる

鳥の名前は知らないが

声の色や高さと音型を

聞き分けることができるほどには知っている

 

坂道の曲がり角

大きな茂みに色がつくうっすらと

この花の名前は知らないが

色と香り

この角のどの植物よりも

一番先に花開くことは知っている

 

何百年と時をまたいで

星からの便りを受けとると

心の燈が共振する

シリウス以外の星の名前を知らない

シリウスさえ

名前を知っていてもいなくても

焦がれる情動は同じ

 

名前

意味

定義

規則性

基準

定規のマス目

直線

 

人間がつけたものなど

ほんとうは知らなくて良い

ほんとうに知らなければいけないことは

他にある

それを知ろうとしない

人間が決めるような美しさなど

もともとない

ものごとすべての美しさを

一体人間のだれが判定できるのだろう

 

人間はただ充満した人間くささのなかで

美しさを糧に

名前を指針に

定義を頼りに

人間のあいだを生きている

万有引力に引っ張られて

地球の表面にくっついているだけの

人間くさい世界

どこまでいっても人間だ

 

手を伸ばして

手を取り合って

手を払いのけて

手を引き寄せて

手を奪おうとして

人間同士で磁力を働かせようとする

 

知っている名前を雄弁に語り

何ものであるかの名刺を全身に貼り付けて

みずからの存在意義証明を手に入れるため

それを自意識に刻みつけるために

うねうねと歩いている

人間のあいだの隙間をただ縫うように

それが人間としての生き方らしいので

私はそのうち

人間らしい人間ではなくなるかも知れません

なぜなら私はそれを放棄するため

そうなったら私はこう宣言します

私は人間ではありません

「人間をやる」ことになっています

人間という匂いを放つ物質のなかに

入っているだけですと

 

 

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