34 記憶は隙間

 

記憶は隙間

 

今現在という目の前に広がる世界に

記憶という隙間から

もうありもしない「過去」が

押し寄せてくる

侵略者のような出で立ちで

隙間をこじ開けて

傍若無人に目の前の世界を

ありもしない幻影の

ありもしない筋書きで

今という世界を荒らす

もうここにはないのに

まるで現在進行形のような顔をして

同時進行しようと試み

まったく同じ感情を繰り返させる

そのループから人は抜け出すことができない

 

過去に侵略された「今」を生きるとは

過去の情動のまま今を生きるということ

なんどもそれを繰り返し

いつまでも過去の侵略から逃れられず

それどころか

メランコリーという偽物の安っぽい宝石のように

もしくは

思い出という泡の玉手箱のように

誰にも奪われまいとして

これは私だけの財産だ

もしくは共有に値する力の源だと

浸って大切に守る

過去という侵略者に

押し付けられているだけのものとは

まったく気づかずに

 

懐かしさや思い出という情感は

美しいものであるとは限らない

それはまやかしでもある

過去からの幻影

 

「今」という世界は過去からの延長ではない

過去というものはない

何もない

あるのは今だけである

私たちが生きているのはまさしく

今だけである

記憶という隙間から

侵略者が入ってこないように

過去に支配されず依存せず

今をただ

独立して生きようではないか

自分自身を

そして目の前の愛する人を

記憶の隙間から不意に顔を出してくる

化石化した古い知りあいたちを

つねに新しく

「今」の目で観測し

それらの「たった今」を理解しようと

試みようではないか

昨日の自分もついさっきのあの人も

昔の知人も古い家族も

今現在とはまったく別ものの異物である

あの頃と今が

同じ人という証明は誰にもできない

 

過去はない

思い出もない

なんにもない

あると信じて大事にしているものの実体は

どこにもない

目の前で繰り広げられている今という世界以外には

なにもない

 

 

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