桃の花メランコリー
金曜日の朝市へ行った帰り道
いつものカフェでクロワッサン
愛犬はうろうろ我がもの顔
店主にハムを分けてもらう
新聞読みふける紳士の足元を
何の遠慮もなくすり抜ける
何も落ちていないつまらない床
行儀の良い紳士の朝ごはん
2杯目の熱いエスプレッソ
ふうわり何かが足元を
撫でるように通っても
ないものとして目は新聞に
常連客のママと娘
幼い丸いその頰と
瞳に明るい色が差し
習ったばかりの歌を披露
笑っているのに泣きそうな
手拍子うって聞く店主
なにをしてもあがる歓声
幼い心が守られる
朝市で買った桃の花
そうだった今日はお雛さま
枝の束から数本抜き取り
これどうぞと幼い子どもに
これは桃の花
今日はさんがつみっか
私の故郷の国では
娘の健やかな成長を
お願いしてお祝いする日
あなたにも心から愛と幸運を
ひらいた可憐な桃の花
子どもはぱあっと嬉しい顔をして
きれいなお花と言いながら
小さな丸い手に枝を受け取った
大切に、大切に
なにもかも誰もかれも
大切にされなければ
いけないのだ
愛犬はクロワッサンのこまかいかけらに夢中
掃除機のように床を這う
そうじしなくて済むから助かるね
と笑う店主
これは私の毛むくじゃら娘
大切に
大切に
新聞の紳士はもういなかった
飲み干したエスプレッソ
やや傾いた冷たいカップ
平和な金曜日の思い出話
桃の節句に桃の花
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