24 愛犬

 

 

愛犬

 

鉢にたまった降ったばかりの雨水を飲んで

好物の野いちごの鉢植えに鼻をつっこみ

ちょうど雨がやんだばかりの白い空を見上げ

大きく丸く見開いた眼で私たちの顔を

交互に二度ずつしっかりと見つめたあと

4本足でしばらくじっと立ち尽くし

よろよろと歩みを進めたところで倒れこみ

そのあと私たちの愛犬は

みずからの力をふり絞り、立派に逝きました。

ありがとうありがとう

もういいよありがとう

大好きありがとう

とずっと言い続けました。

心臓の鼓動がどんどんゆっくりと弱くなっていき

かろうじて保っていた体温と豊かな毛のぬくもり以外の

なにももう感じられなくなるまでを

指先で繊細に看ていました。 

 

私の行き場のない母性のようなものを

すべて引き受けてくれる大らかな犬でした。

どこにでも付き合って一緒に来てくれました。

ひょうきんで、自立心が強く、犬からも人間からも

しつこくされるのを好まず

けれど何をされてもなんということはないという顔をして

ただそっと、その場から離れていく性格でした。

愛情表現が少し苦手で、

けれども心臓を悪くしてしまうほどアンバランスに

自分でもどうすれば良いのかわからないほど強い愛を内に抱え込んだ

不器用な犬でもありました。

 

私たちに最期の一部始終を見せてくれた愛犬は勇敢です。

お別れの挨拶をきちんとしてくれた愛犬は

愛とはなにかをよく分かっていました。

生きものの本能としてほんとうは

ひとり隠れて離れたところで

ひっそりと行きたかったかもしれないのに

私たちにそばで看取らせてくれた愛犬は、

ほんとうに強くて優しい犬なのです。

 

もう息をしていない愛犬の身体は

力が抜けきってとてもしなやかで

よりどころなくとても柔らかでした。

そうやって、もう戦う身体ではないのだと知ることは

私たちに深い安堵をもたらしました。

 

意思がなければ身体というものは

こんなにも芯がなくなるのだと思いました。

残された温度を失って硬くなってしまう前に

なんども強くぎゅうと抱きしめました。

再会は決して叶わないこの手触りを

私の身体に記憶として残そうと必死に。

 

 

愛犬の黒い瞳はずっと美しく濡れたように輝いていました。

生も死も、変わりはなくここにあるのだと教えてくれる光でした。

底がないほど悲しい、けれど深く尊い水曜日でした。 

この寂しさをこれからどうすれば良いのか

私はまだ、よく分かりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

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