『マツタケ ~不確定な時代を生きる術~』(アナ チン著 赤嶺淳訳)
松茸にまつわる自然生態系から社会問題、人類学、民俗学、社会科学まで、気が遠くなるほどの視野の広がりを以て、現代の生き方を考察する。本が刊行されたのは2016年(翻訳本は2019年)だが、ウィルスにまつわる世界的一大現象のせいで世の中が一斉に閉ざされ流れが止まった2020年に、この著書を手に取ったことは私にとってはただの偶然ではなく、幸運だったと思う。
松茸だけではなくキノコという菌は、あらゆる自然の循環の中で、説明し尽くせない必要不可欠な生命活動(他種の生態系に大きく関わりながら助け合う)を行う。移動し、不規則に表出する神秘。それに翻弄される人間たち。
この本の中で描写される、巧みに入り乱れた人間社会の仕組み。まさにこの大変革期の渦中に、そのことを現在進行形で痛感した。これからの、明らかに変わりゆく世界の中をどう生き抜くか、その力のヒントともなる。
この「物語」を読み終えてキノコと人間社会について知ったあと、自宅のベランダの鉢植えに白いキノコの塊が突如として現れているのを発見した。そのエノキにもよく似たキノコは、これまで自分が知っていたつもりのものとはまったく違った生命体に見えた。この胞子は一体どこからなんのために飛んで来たのか、なぜこのアスパラの鉢植えの土にだけ生えるのか。このキノコという菌がここに住み込まなければ、アスパラの未来はないのだ。細かい棘のせいで虫が寄り付かないアスパラの生命循環を支え、種の繁栄を促す(種を運ぶ)ためにやって来たのかも知れない。ここに白く出現するのは、ありとあらゆるバランス運動の中において欠かすことのできない生命の循環を、棘でみずからを防御する孤高の植物にももたらすためらしい。と、知識のうすい私はただ想像してみた。
それから2週間ほどすると、キノコたちは茶色を帯びて乾燥し、縮こまって半分ほどの大きさになった。それで土に残る。そして土に還る。ベランダの密閉された鉢植えの中、永遠の大地へと直接つながる道はそこにはないが、アスパラも白いキノコも胞子や菌や粒子となって世界を漂い、また全く別の場所へとたどり着き、そこで互いの生命を支え合うのだろう。行くべき場所、その循環が必要としている新境地をこれらはいつも知っている。
2020年4月の何日付だったか残していないのだが、折良くこの著者チン氏の短いインタビュー記事が、たしかニューヨークタイムズだったかのオンライン版に載っていた。私はちょうどこのマツタケ本を読んでいる最中だったのでその偶然に喜び、親近感が増して余計にまっすぐ響いてくる言葉だった。英語からの翻訳は私は全然うまくないし意訳だが、チン氏は
"この地球上、世界中を飛びまわることやめず、環境危機を作り出してきた私たち人間には、(今さら)それら(ウィルスや菌)を除去したりどこか別の場所へ置きに(捨てに)行くなんていう考えは通じない。"
"これはウィルスからの偉大な授業。私たちにはどこにも逃げ場はない。"
と語っていた。
地球のすみずみまで超えて通じ合うという(人間)拡大のこれまでの取り組みによって、私たち人間は自らを追い詰めることになった、と。世界中の混乱のさなかにおいてこれは強烈な人間批判でもあるけれど、まっとうな真実だと私は思った。マツタケの菌の活動範囲について知り、それを利用する人間の社会行動についても学んだところだったから、妙に深く納得したのだった。

